「鼻(はな)」芥川龍之介 The Nose by Ryunosuke Akutagawa

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 禅智(ぜんち)和尚(おしょう)の鼻を池ノ尾町(いけのおちょう)で知らない者はいない。その鼻はとても長く、まるでソーセージのようだ。
 五十歳を過ぎた和尚は幼い頃から今までずっと心の中ではこの鼻のことで悩んでいた。もちろん人前ではそれほど悩んでいない振りをしている。なぜなら、悩んでいる事を人に知られたくないからだ。
 和尚が鼻が長い事で悩んでいる理由は二つある。一つ目は鼻の長いのが不便だったからである。まず、食事をする時にもひとりでは食べることができない。ひとりで食べれば、鼻の先がお椀(わん)の中のご飯へとどいてしまう。そこで僧侶は弟子をテーブルの反対側へ座らせて、食事中、板で鼻を持ち上げてもらう事にした。しかし、このように食事をすることは、持ち上げている弟子にとっても、持ち上げられている和尚にとっても、決して簡単な事ではない。一度、この弟子の代りをした小僧が、くしゃみをした拍子に手がふるえて、鼻を粥(かゆ)の中へ落した話は、当時、京都まで広まった。けれどもこれは和尚にとって、決して鼻の子ことで悩んだ主(おも)な理由ではない。実は和尚はこの鼻によってプライドが傷つけられる事に悩んだのである。
 和尚は少しでも傷ついたプライドを取り戻そうと鏡へ向って自分の鼻を短くみせようと試みたり、来客者の中に自分と同じような長い鼻を持っている人を見つけようとしたが、いずれも失敗に終わった。  また、烏瓜(からすうり)を煎(せん)じて飲んで見たり、鼠(ねすみ)の小便を鼻へなすりつけてみた事もある。しかし、何をしても鼻は長いままだった。
 ところがある年の秋、京都へ行った弟子(でし)の僧が、知り合いの中国出身の医者から長い鼻を短くする方法を教わって来た。
 その方法というのは湯で鼻を茹(ゆ)でて、その鼻を人に踏ませるという、とても簡単なものであった。湯は寺の浴場(よくじょう)で、毎日沸かしている。そこで弟子の僧は、指も入れられないような熱い湯を、すぐに容器に入れて、浴場から汲んで来た。しかし、じかにこの容器へ鼻を入れるとなると、湯気(ゆげ)が当たり顔を火傷(やけど)するおそれがある。そこでお盆に穴をあけて、それを容器の蓋(ふた)にして、その穴から鼻を湯の中へ入れる事にした。鼻だけはこの熱い湯の中へ浸(ひた)しても、少しも熱くないのである。しばらくすると弟子の僧が言った。
 ――もう茹(ゆ)で上がった時間ですよ。
 和尚は苦笑した。これだけ聞いたのでは、誰も鼻の話とは気がつかないだろうと思ったからである。鼻は熱湯に蒸(む)されて、まるで蚤(のみ)に食べられたかのようにむず痒(がゆ)い。
 弟子の僧は和尚が蓋の穴から鼻をぬくと、そのまだ湯気の立っている鼻を、両足に力を入れながら、踏みはじめた。和尚は横になって、鼻を床板の上へのばしながら、弟子の僧の足が上下(じょうげ)に動くのを目の前に見ていた。弟子の僧は、時々気の毒そうな顔をして、和尚の禿頭(はげあたま)を見おろしながら、こんな事を言った。
 ――医者は強く踏めと言いましたが、痛くはないですか。
 和尚は
――痛くないぞ。
 と答えた。実際鼻はかゆい所を踏まれるので、痛いよりもかえって気持ちいいくらいだったのである。
 しばらく踏んでいると、やがて、粟粒(あわつぶ)のようなものが、鼻へ出来はじめた。弟子の僧はこれを見ると、足を止めてこう言った。
 ――これをピンセットでぬけと言っておりました。
 和尚は不満ながらも黙って弟子の僧の言いなりになった。もちろん、彼の親切は理解できるが自分の鼻をまるで物のように取扱うのが、不愉快に思ったからである。和尚はヤブ医者の手術をうける患者のような顔をして、弟子の僧が鼻の毛穴からピンセットで脂(あぶら)をとるのを嫌々ながら眺めていた。脂は、鳥の羽の茎(くき)のような形をして、およそ15mmの長さに抜けるのである。
 やがてこれが一通り済むと、弟子の僧は、ほっと一息ついたような顔をして、
――もう一度、これを茹でればいいです。
といった。
 和尚はやはり嫌な顔をしつつも弟子の言いなりになった。
 さて二度目に茹でた鼻を出して見ると、いつになく短くなっている。これではあたりまえの鍵鼻と大した変りはない。和尚はその短くなった鼻をなでながら弟子の僧の出してくれる鏡を覗いてみた。
 顎(あご)の下まであった鼻は、嘘のように縮んで、今はわずかに上唇の上に残っているだけである。こうなれば、もう誰も馬鹿にする者はいないにちがいない。――和尚は満足そうにまばたきした。
 しかし、その日は鼻がまた長くなることへの不安があった。そこで和尚は読経(どきょう)する時も、食事をする時も、暇さえあれば手を出して、そっと鼻の先にさわって見た。しかし、鼻は短いままだった。それから、次の日、朝早く起きると和尚はまず、自分の鼻をなでて見た。鼻は依然として短い。和尚はそこで、これまでになく、いい気分になった。
 ところが数日の内に和尚は意外な事実を発見した。それは用事で池ノ尾の寺を訪れた侍(さむらい)が、前よりも一層(いっそう)可笑(おかし)そうな顔をして、話もろくにせずに、じろじろ和尚の鼻ばかり眺めていた事である。それのみならず、かつて、和尚の鼻を粥(かゆ)の中へ落した事のある小僧などは、講堂の外で和尚と行きちがった時に、始めは下を向いておかしさをこらえていたが、とうとうこらえ兼ねたと見えて、吹き出してしまった。また、彼から仕事の指示を受けた弟子の僧たちが、面と向っている間だけは、慎(つつし)んで聞いていても、和尚が後(うしろ)さえ向けば、すぐにくすくす笑い出したのは一度や二度の事ではない。
 和尚ははじめ、この理由を自分の顔が変わったせいだと思った。しかし、どうやらこの理由だけでは十分に説明がつかないようである。――もちろん、小僧や弟子が笑う原因は、そこにあるのにちがいない。けれども同じ笑うにしても、鼻の長かった昔とは何となく様子(ようす)がちがう。見慣れた長い鼻より、見慣れない短い鼻の方がおもしろく見えるといえば、それまでである。が、そこにはまだ何かあるらしい。
 ――前はあのように遠慮なく笑わなかった。
 和尚は、読経をやめて、禿(はげ)頭を傾けながら、時々こうつぶやく事があった。愛すべき和尚は、そういう時になると、必ずぼんやり、傍(かたわら)にかけた普賢(ふげん)の画像を眺めながら、鼻の長かった四五日前の事を思い出して、「今は貧乏な人が、昔の金持ちだった頃を懐かしく思う」のと同じように元気がなくなってしまうのである。――和尚には残念ながらこの疑問の答えがわからなかった。
 ――人間の心には互いに矛盾(むじゅん)した二つの感情がある。もちろん、誰でも他人の不幸に同情しない者はない。ところがその人がその不幸を乗り越える事が出来ると、今度は何となく物足りないような気持ちがする。少し大げさに言えば、もう一度その人を不幸な目に合わせたい気にさえなる。そうしていつの間にか、消極的ではあるが、ある敵意をその人に対して抱くような事になる。――和尚が理由を知らないながらも何となく不快に思ったのは、池ノ尾町の人々の態度からこのことを感じとったからである。
 そこで和尚は日に日に機嫌(きげん)が悪くなった。二言目には、誰でも意地悪く叱(しか)りつける。しまいには鼻の治療をしたあの弟子でさえも陰口を言うほどになった。特に和尚を怒らせたのは、例のいたずらな小僧である。ある日、けたたましく犬の吠(ほ)える声がするので、和尚が何気なく外へ出て見ると、小僧は、木片をふりまわして、毛の長い痩(や)せた犬を追いまわしている。それもただ、追いまわしているのではない。「鼻を叩(たた)かれるなよ。」と馬鹿にしながら、追いまわしているのである。和尚は小僧の手からその木片をひったくって、したたかにその顔を打った。木片は以前の鼻を持ち上げるための木だったのである。
 和尚は鼻の短くなったことで、かえって不快になった。
 するとある夜の事である。日が暮れてから急に風が吹いたと見えて、塔(とう)の鐘(かね)の鳴る音が、耳に入ってうるさかった。さらに寒いので、老年の和尚はなかなか寝ることができない。そこで布団の中でじっとしていると、ふと鼻がかゆいのに気がついた。手で鼻を抑(おさ)えると少しむくんでいる。また、そこだけ熱くなっている。
 「無理に短くしたため、病気になったのかもしれない。」
 和尚は鼻を抑えながら、つぶやいた。
 翌朝、和尚がいつものように早く起きると、外のイチョウやクヌギが一晩の内に葉を落したので、庭は黄金を敷いたように明るい。太陽もまばゆく光っている。和尚は縁台に立って深呼吸した。
 すると忘れようとしていたある感覚が再び和尚に戻った。
 和尚はあわてて鼻を手でさわった。手でさわったものは昨晩の短い鼻ではなく、昔の長い鼻である。和尚は鼻が一晩で、また元の通り長くなったのを知った。そして、それと同時に鼻が短くなった時と同じように気分が良くなった。
 「こうなれば、もう誰も馬鹿にする者はいないにちがいない。」
 和尚は心の中でこう自分につぶやいた。長い鼻を明け方の秋風にぶらつかせながら。
(1916)