「芋粥(いもがゆ)」芥川龍之介 Yam Gruel by Ryunosuke Akutagawa

Rewrite [N1-N2 level]

 平安時代のある侍の話である。名前は不明で役職は五位である。五位はとても不細工(ぶさいく)な男だ。背が低く、鼻が赤い。他にも数えきれないほどの欠点を持った男だ。  この男が、いつ、どうして、藤原基経[The Authority of Heian period]に仕えるようになったのかは誰も知らない。しかし、ずっと前から同じような格好をして同じような役目を飽きずに毎日、繰り返している事だけは確かである。その結果、今では誰が見ても、この男に若い時があったとは思えない。(すでに彼は四十歳を過ぎていた。)  このような男が周囲から受ける待遇(たいぐう)は、多分書かなくても予想ができるだろう。役所にいる連中は彼に対して、ほとんど注意を払わない。二十人近い部下でさえ、彼には冷たい。この男が何か指示をしても、決して部下達は雑談をやめた事はない。彼等にとっては空気の存在が見えないように五位の存在もないに等しいのだろう。部下でさえそうだとすれば、同僚や上司が彼を全く相手にしないのは当然である。彼等は五位にほとんど子供らしい無意味な悪意を、冷然とした表情の後に隠して、何を言うのでも、手真似だけで済ました。人間に言語があるのは偶然ではない。したがって、彼等も手真似では用件を伝えられないことが時々ある。しかし、彼等はそれを五位の知性に欠陥があるからだと思っている。よって、その場合でも五位の全身を万べんなく見上げたり、見下したりして、それから、鼻で笑いながら、急に後ろを向いてしまう。それでも、男は腹を立てた事がない。彼は一切の不正を不正として感じない程、意気地のない臆病な人間だったのである。  ところが、同僚は積極的に彼をからかおうとした。年上の同僚が彼の振るわない容姿を材料にして古い洒落を聞かせようとすれば、年下の同僚も、それを機会に冗談を言う練習をしようとしたからである。彼等はこの五位の目の前で、彼の容姿を飽きずに批評した。さらに五位が五、六年前に別れた女房と、その女房と関係があつたといふ酒のみの法師も、しばしば彼等の話題になつた。その上、時々、彼等は質(たち)の悪い悪戯(いたずら)さえする。それを一つ一つ、挙げることはできないが、彼の酒を飲んで、その後に尿を入れて置いたという事を書けば、そのほかについては想像できると思う。  しかし、五位はこれらの嫌がらせに対して、全然無感覚であった。少なくとも他人から見ると無感覚であるように見えた。彼は何を言われても、顔色さえ変えた事がない。黙って薄い口髭を撫でながら、するだけの事をしてすましている。ただ、同僚の悪戯がエスカレートして髷(まげ)に紙切れをつけたり、太刀の鞘に草履を結びつけたりすると、彼は笑うのか、泣くのか、わからないような笑顔をして「いけぬのう、お身たちは(≒いけないよ。君たちは)」と言う。その顔を見て、その声を聞いた者は、誰でも一時的にあるいじらしさに心が打たれてしまう。(彼等にいじめられるのはこの男だけではない。彼等の知らない誰かが――多数の誰かが、彼の顔と声とを借りて、彼等の無情を責めている。)――そのような気配が、おぼろげながら彼等の心に一瞬の間、しみこんで来るからである。しかし、その時の気持ちを、いつまでも持ち続ける者は非常に少ない。その少ない中の一人に、ある侍がいた。彼は京都出身でまだ柔かい口髭が、やっと鼻の下に、生えかかった位の青年である。もちろん、この男も始めはみんなと一緒に、何の理由もなく、この男を軽蔑(けいべつ)した。ところが、ある日、何かの折(おり)に「いけぬのう、お身たちは」と言う声を聞いてからは、どうしても、それが頭を離れない。それ以来、この侍の目にだけは、男が全く別人として、映るようになった。栄養の不足した、血色の悪い、間のぬけた男の顔にも、世間の迫害にべそをかいた、「人間」がいるからである。侍は男の事を考える度に、世の中のすべてが急に本来の下品さを表すように感じた。そして、それと同時に五位の赤鼻と口髭が何となく一種の慰めを自分の心に伝えてくれるように思われた。……  しかし、それは、唯この侍一人に、限った事である。このような例外を除けば、男は依然として周囲の軽蔑の中に、犬のような生活を続けて行かなければならなかった。第一、彼には着物らしい着物が一つもない。上下一着ずつあるのだが、いずれも色落ちが激しい。また、袴の下から細い足が出ている様子は口の悪い同僚でなくとも、みすぼらしいと感じる。それに身に着けている太刀も頼りなきもので、柄の金具もいかがわしければ、鞘の塗装も剥げかかっている。これが例の赤鼻で、だらしなく草履をひきずりながら、ただでさえ猫背なのを、一層寒空の下に背ぐくまつて、もの欲しそうに、左右を見て、きざみ足に歩くのだから、通りがかりの物売りまで馬鹿にするのも、無理はない。 現に、こういう事さえあった。……  ある日、五位が神泉苑[A Name of the temple]の方へ行く所で、子供が六七人、道端(みちばた)に集って、何かしているのを見かけた。「独楽(こま)」でも、廻(まわ)しているのかと思って、後ろから覗(のぞ)いて見ると、何処かから迷って来た犬の首へ繩をつけて、打ったり殴ったりしているのであった。臆病な五位は、これまで何かに同情を寄せる事があっても、周りに遠慮して、まだ一度もそれを行動に起こしたことがない。しかし、この時だけは相手が子供だというので、少し勇気が出た。そこで出来るだけ、笑顔をつくりながら、年長の子供の肩を叩いて、「もう、許してやりなさい。犬も打たれれば、痛いよ。」と声をかけた。すると、その子供は振り返りながら、上目を使って、蔑(さげ)すむように、じろじろ五位の姿を見た。いわば上司が用の通じない時に、この男を見るやうな顔をして、見たのである。「余計なお世話だ。」その子供は高慢な唇を反らせて、こう言った。「何だ、この鼻赤が。」五位はこの語が自分の顔を打ったように感じた。しかし、それは悪態をつかれて、腹が立ったからでは全くない。言わなくてもいい事を言って、恥をかいた自分が、情なくなったからである。彼は、きまりが悪いのを苦しい笑顔に隠しながら、黙って、又、神泉苑の方へ歩き出した。後では、子供が、六七人、肩を寄せて、「あっかんべ」をしたり、舌を出したりしてゐる。もちろん彼はそんな事を知らない。知っていたにしても、それが、この意気地のない五位にとつて、何であろう。……  では、この話の主人公は、ただ軽蔑されるためにだけ生まれて来た人間で、何の希望も持っていないかというと、そうでもない。五位は五六年前から芋粥という物に異常な執着を持っている。芋粥とは山芋を切って、それを甘葛(あまづら)の汁で煮た粥の事をいうのである。当時はこれが美味として君主の食膳にさえ献上された。従って、五位のような人間の口へは、年に一度、臨時の客の折にしか、はいらない。その時でさえ、飲めるのはわずかに喉を潤(うるお)すに程度の少量である。そこで芋粥を飽きる程飲んで見たいという事が、ずっと前から、彼の唯一の欲望になっていた。もちろん、彼は、それを誰にも話した事がない。いや彼自身さえそれが、彼の一生を貫いている欲望だとは、はっきりとは意識しなかった事だろう。だが事実、彼がそのために、生きていると言っても過言ではなかった。――人間は、時として、充されるか充されないか、わからない欲望の為に、一生を捧げてしまう。その愚さを笑う者は、結局、人生の傍観者に過ぎない。  しかし、五位が夢に見ていた「芋粥に飽きる」事は意外にも実現した。その一部始終を書こうというのが、芋粥の話の目的なのである。        ―――――――――――――――――  或年の正月二日、基経の邸宅で饗宴(きょうえん)があった時の事である。五位も外の侍たちにまじって、食べ残しにありついた。ただし、品数の多い割りにろくな物はない、餅、伏菟(ぶと)、蒸鮑(むしあわび)、干鳥(ほしどり)、宇治の氷魚(こまい)、近江の鮒(ふな)、鯛の楚割(すわやり)、鮭の内子(こごもり)、焼蛸(やきだこ)、大海老、大柑子(おほかうじ)、小柑子(しょうこうじ)、橘(きつ)、串柿(くしがき)などの類である。唯、その中に、例の芋粥があった。五位は毎年、この芋粥を楽しみにしている。しかし、いつも人数が多いので、自分が飲めるのは、いくらもない。それが今年は、特に少かった。そして、気のせいかいつもよりとても味が好い。そこで、彼は飲んでしまった後の椀をしげしげと眺めながら、うすい口髭についている滴(しずく)を、掌(てのひら)で拭いて誰に言うともなく、「いつになったら、これに飽きるかなあ」と言った。 「五位殿は、芋粥に飽かれた事がないそうな。」  五位の言葉が終わらない内に誰かがあざ笑った。錆(さび)のある鷹揚(おうよう)な武人らしい声である。五位は、猫背の首を挙げて、臆病らしく、その人の方を見た。声の主は、その頃同じく基経に仕えていた藤原利仁である。肩幅の広い、身長の群を抜いたたくましい大男で、これは、煠栗(ゆでぐり)を噛みながら、黒酒(くろき)の杯を重ねていた。もう大分酔いがまわっているらしい。 「お気の毒な事じゃの。」利仁は、五位が顔を挙げたのを見ると、軽蔑と憐憫とを一つにしたような声で、言葉を続けた。「お望みなら、利仁がお飽かせ申そう。」  始終、いじめられている犬は、たまに肉を貰っても容易によりつかない。五位は、例の笑ふのか、泣くのか、わからないやうな笑顔をして、利仁の顔と、空の椀とを等分に見比べてゐた。 「お嫌かな。」
「……」
「どうじゃ。」
「……」
 五位は衆人の視線が自分の上に集まっているのを感じ出した。答え方一つで、又、一同の嘲笑を受けなければならない。あるいは、どう答えても、結局、馬鹿にされそうな気さえする。彼は躊躇(ちゅうちょ)した。もし、その時に相手が少し面倒臭そうな声で「嫌なら無理強いはしない。」と言わなかったなら、五位は、何時までも、椀と利仁とを、見比べていた事であらう。
 彼は、それを聞くと、慌しく答へた。
「いや……かたじけない。」
 この問答を聞いていた者は、皆、一斉に失笑した。「いや……かたじけない。」――こういって、五位の答を、真似る者さえいる。いわゆる色とりどりのみかんを盛った窪坏(くぼつき)や高坏(たかつき)の上に多くの揉烏帽子や立烏帽子が、笑声と共に一しきり、波のやうに動いた。中でも、最、大きな声で、機嫌よく、笑ったのは、利仁自身である。
「では、そのうち御誘いしましょう。」そう言いながら、彼は、ちょいと顔をしかめた。こみ上げて来る笑いと今飲んだ酒とが、喉で一つになったからである。「……しかと、よろしいな。」
「かたじけない。」
 五位は赤くなって、吃(ども)りながら、又、前の答を繰返した。一同が今度も、笑ったのは、言うまでもない。それが言わせたさに、わざわざ念を押した当の利仁にいたっては、前よりも一層可笑しそうに広い肩をゆすって、哄笑(こうしょう)した。この北の野人は、生活の方法を二つしか心得ていない。一つは酒を飲む事で、他の一つは笑う事である。
 しかし幸い談話の中心は、程なく、この二人を離れてしまった。これは事によると、外の連中が、たとえ嘲弄にしろ、一同の注意をこの赤鼻の五位に集中させるのが、不快だったからかも知れない。とにかく、話題はそれからそれへと移って、酒も肴も少なくなった頃には、ある侍が、行縢(むかばき)の片皮へ、両足を入れて馬に乗ろうとした話が、一同の興味を集めてゐいた。しかし、五位だけは、まるで外の話が聞えないらしい。恐らく芋粥の二字が、彼のすべての思考を支配しているからであろう。前に雉子(きじ)の炙(た)いたのがあっても、箸をつけない。黒酒の杯があっても、口を触れない。彼は、唯、両手を膝の上に置いて、見合いをする娘のように霜に犯されかかった鬢の辺まで、初心らしく上気しながら、何時までも空になった黒塗の椀を見つめて、多愛もなく、微笑しているのである。……
       ―――――――――――――――――
 それから、四五日経った日の午前、加茂川の河原に沿って、粟田口へ通う街道を、静かに馬を進めてゆく二人の男があつた。一人は濃い縹の狩衣に同じ色の袴をして、打出(うちいで)の太刀を佩(は)いた「黒ひげの立派な」男である。もう一人は、だらしない格好の四十歳くらいの侍である。もっとも、馬は二頭とも、前のは月毛、後のは蘆毛の三歳駒で、道をゆく物売りや侍も、振向いて見る程の駿足である。その後から又二人、馬の歩みに遅れまいとしてついて行くのは、利仁の従者(じゅうしゃ)に違いない。――これが、利仁と五位との一行である事は、わざわざ、ここに断るまでもない話であらう。
 冬とは言いながら、静かな晴れた日で、白けた河原の石の間、さらさらと流れる水の辺(べ)に立枯れている蓬の葉を、ゆする程の風もない。川に臨んだ背の低い柳は、葉のない枝に飴の如く滑かな日の光りをうけて、梢にゐる鶺鴒(セキレイ)の尾を動かすのさえ鮮かに、それと影を街道に落している。東山の暗い緑の上に、霜に焦げた天鵞絨(びろうど)のような肩を、丸々と出しているのは、大方、比叡の山であろう。二人はその中に鞍の螺鈿(らでん)を、まばゆく日にきらめかせながら鞭をも加えず悠々と、粟田口を指して行くのである。
「どこでしょうか、私を連れて行ってくれるとおっしゃったのは。」五位が馴れない手に手綱をかいくりながら、言った。
「すぐ、そこじゃ。心配するほど遠くはない。」
「すると、粟田口辺でござるかな。」
「まず、そう思われたらよろしかろう。」
 利仁は今朝五位を誘うのに、東山の近くに湯の湧いている所があるから、そこへ行こうと言って出て来たのである。赤鼻の五位は、それを真にうけた。久しく湯にはいらないので、体中がこの間からむず痒い。芋粥の馳走になった上に、入湯が出来れば、願ってもない仕合せである。こう思って、予め利仁が牽かせて来た、蘆毛の馬に跨つた。ところが、轡(くつわ)を並べて此処まで来て見ると、どうも利仁はこの近所へ来るつもりではないらしい。現に、そうこうしているうちに、粟田口は通りすぎた。
「粟田口では、ござらぬのう。」
「いかにも、その通りです。」
 利仁は、微笑を含みながら、わざと、五位の顔を見ないやうにして、静に馬を歩ませている。両側の人家は、次第に稀になつて、今は、広々とした冬田の上に、餌をあさる鴉が見えるばかり、山の陰に消残つて、雪の色も仄に青く煙っている。晴れながら、とげとげしい櫨(ハゼノキ)の梢が、目に痛く空を刺しているのさへ、何となく肌寒い。
「では、山科辺ででもござるかな。」
「山科は、これじゃ。もう少し、先ですよ。」
 成程、そう言ううちに山科も通りすぎた。それ所ではない。何かとする中に、関山も後にして、彼是、午少しすぎた時分には、とうとう三井寺の前へ来た。三井寺には、利仁の懇意にしてゐる僧がある。二人はその僧を訪ねて、午餐の馳走になつた。それがすむと、又、馬に乗って、途を急ぐ。行手は今まで来た路に比べると遙に人煙が少ない。殊に当時は盗賊が四方に横行した、物騒な時代である。――五位は猫背を一層低くしながら、利仁の顔を見上げるようにして訊ねた。
「まだ、さきでござるのう。」
 利仁は微笑した。悪戯をして、それを見つけられそうになった子供が、年長者に向ってするような微笑である。鼻の先へよせた皺と、眼尻にたたへた筋肉のたるみとが、笑ってしまおうか、しまうまいかとためらっているらしい。そうして、とうとう、こう言った。
「実はな、敦賀まで、お連れ申そうと思ったのだ。」笑いながら、利仁は鞭を挙げて遠くの空を指さした。その鞭の下にはあざやかに白く輝く午後の日の光を受けた近江の湖が光っている。
 五位は、狼狽した。
「敦賀と申すと、あの越前の敦賀でござるかな。あの越前の――」
 利仁が、敦賀の人、藤原有仁の女婿になつてから、多くは敦賀に住んでいると言う事も、日頃から聞いていない事はない。が、その敦賀まで自分を連れて行く気だとは、今の今まで思わなかった。第一、幾多の山河を隔てている越前の国へ、この通り、僅か二人の伴人をつれただけで、どうして無事に行かれよう。ましてこの頃は、往来の旅人が、盗賊の為に殺されたという噂さえある。――五位は歎願(たんがん)するように、利仁の顔を見た。
「それは又、滅相(めっそう)な、東山じゃと心得れば、山科。山科じゃと心得れば、三井寺。揚句が越前の敦賀とは、一体どういうことでしょうか。始めから、そうおっしゃられたなら、下人を連れてきたのに。――敦賀とは、滅相な。」
 五位は、殆どべそを掻かないばかりになつて、呟いた。もし「芋粥に飽きる」事が、彼の勇気を鼓舞しなかったとしたら、彼は恐らく、そこから別れて、京都へ独り帰って来た事であろう。
「利仁が一人居るのは、千人とも思いなされ。道中の心配は、御無用じゃ。」
 五位の狼狽するのを見ると、利仁は、少し眉をしかめながら、嘲笑った。そして家来に持たせて来た黒漆の真弓を受け取って、それを鞍上に置きながら、先頭に立って馬を進めた。こうなる以上、意気地のない五位は、利仁の意志に盲従するより外(ほか)に仕方がない。それで、彼は心細そうに、荒涼とした周囲の原野を眺めながら、うろ覚えの観音経を口の中に念じ念じ、例の赤鼻を鞍の前輪にすりつけるやうにして、覚束ない馬の歩みを、相変わらずぼとぼと進めて行つた。
 馬蹄の反響する野は、茫々たる黄茅(こうぼう)に覆われて、その所々にある行潦(にわたずみ)も、つめたく、青空を映したまま、この冬の午後にいつかそれなり凍ってしまうかもしれない。その果てには、一帯の山脈が、日に背にしているのか、かがやくべき残雪の光もなく、紫がかった暗い色を、長々となすっているが、それさえ蕭条(しょうじょう)たる幾叢(いくむら)の枯薄(かれすすき)に遮られて、二人の従者の眼には、入らない事が多い。――すると、利仁が、突然、五位の方を振り向いて、声をかけた。
「あそこに良い使者が参った。敦賀への言(こと)づけを申そう。」
 五位は利仁の言う意味が、よくわからないので、怖々ながら、その弓で指さす方を、眺めて見た。元より人の姿が見えるような所ではない。唯、野葡萄か何かの蔓が、灌木の一むらにからみついている中を、一匹の狐が、暖かな毛の色を、傾きかけた日に曝しながら、のそりのそり歩いて行く。――と思う中に、狐は、慌ただしく身を跳らせて、一散に、どこともなく走り出した。利仁が急に、鞭を鳴らせて、その方へ馬を飛ばし始めたからである。五位も我(われ)を忘れて利仁の後を追った。従者も勿論、遅れてはいられない。しばらくは、石を蹴る馬蹄の音が、戞々として、荒野の静けさを破っていたが、やがて利仁が、馬を止めたのを見ると、何時、捕へたのか、もう狐の後足を掴んで鞍の側へ、ぶら下げている。狐が、走れなくなるまで、追いつめた所で、それを馬の下に敷いて、手取りにしたものであろう。五位は、うすい髭にたまる汗を、慌しく拭きながら、ようやく、その傍(かたわら)へ馬を乗りつけた。
「これ、狐、よく聞けよ。」利仁は、狐を高く眼の前へつるし上げながら、わざと物々しい声を出してかう言った。「狐よ、今夜中に敦賀の利仁の館へ参って、こう申せ。『利仁は、ただいま客人を連れている。明日、午前十時頃、高島の辺まで、男たちを迎えに遣はし、それに、鞍置馬二匹、牽かせて参れ。』よいか忘れるなよ。」
 言い終わると共に利仁は一ふり振って狐を遠くの草むらの中へ放り出した。
「いや、走るわ。走るわ。」
 やっと追いついた二人の従者は、逃げてゆく狐の行方を眺めながら、手を拍いてはやし立てた。落葉のような色をしたその獣の背は、夕日の中を、まっしぐらに、木の根(ね)石(いし)くれの嫌おうなく、何処までも、走って行く。それが一行の立っている所から、手にとるようによく見えた。狐を追っている中に、いつか彼等は、荒野が緩い斜面を作って、水の涸れた川床と一つになる、その丁度上の所へ、出ていたからである。
「度量の広い使者ですな。」
 五位は、ナイーブな尊敬と讃嘆とを洩らしながら、この狐でさえ顎で使う野育ちの武人の顔を、今更のように、仰いで見た。自分と利仁との間に、どれ程の差があるか、そんな事は、考える暇がない。ただ、利仁の意志に支配される範囲が広いだけに、その意志の中に包容される自分の意志も、それだけ自由が利くようになった事を、心強く感じるだけである。――おべっかは、恐らく、こういう時に最も自然に生れて来るものであろう。読者は、今後、赤鼻の五位の態度に幇間(ほうかん)のような印象を持っても、それだけでみだりこの男の人格を疑うべきではない。
 放り出された狐は斜面を転げるようにして駈け下りると水の無い河床の石の間を器用にぴょいぴょい飛び越えて、今度は向い側の斜面へ勢いよく斜めに駈け上った。駈け上りながら、振り返ってみると、自分を手捕りにした侍の一行は、まだ遠い傾斜の上に馬を並べて立っている。それが皆、指を揃えた程に小さく見えた。とりわけ西日を浴びた月毛と蘆毛とが霜を含んだ空気の中に描いたよりもくっきりと、浮き上っている。
 狐は頭をめぐらすと再び枯薄の中を風のように走り出した。
       ―――――――――――――――――
 一行は、予定通り翌日の午前十時に高島の辺へ来た。此処は琵琶湖に臨んだ、ささやかな部落で、昨日に似ず、どんよりと曇った空の下に、幾戸の藁屋が、疎にちらばっているばかり、岸に生えた松の樹の間には灰色のさざ波をよせる湖の水面が、磨くのを忘れた鏡のやうに、さむざむと開けている。――ここまで来ると利仁が、五位を顧(かえり)みて言った。
「あれを御覧なさい。男どもが、迎えに参った。」
 見ると、なるほど、二匹の鞍置馬を牽いた、二三十人の男たちが、馬に跨がつたのもあり徒歩のもあり、皆、袖を寒風に翻へして、湖の岸、松の間を、一行の方へ急いで来る。やがてこれが、間近くなつたと思ふと、馬に乗つていた連中は、慌ただしく鞍を下り、徒歩の連中は、路傍に蹲踞(そんきょ)して、いづれも恭々しく、利仁の来るのを、待ちうけた。
「やはり、あの狐が、使者を勤めたと見えますのう。」
「生まれつき、能力を持っている動物じゃ。あの位の用を勤めるのは何でもない。」
 五位と利仁とが、こんな話をしている中に、一行は、郎等たちの待つている所へ来た。「大儀じゃ。」と、利仁が声をかける。蹲踞してゐた連中が、忙しく立つて、二人の馬の口を取る。急に、すべてが陽気になった。
「夜前、稀有な事が、ございましてな。」
 二人が馬から下りて敷物の上へ腰を下すか下さないうちに赤茶色の着物を着た、白髪の従者が、利仁の前へ来て、こう言った。「何じゃ。」利仁は、従者たちの持って来た酒や食べ物を五位にも勧めながら、鷹揚に問いかけた。
「なぜなら、昨日の夜八時頃に奥様が我を失って、『おのれは、阪本の狐じゃ。今日、殿の仰られた事を、申し伝えるので近寄って、よく聞きたまえ。』と、こうおっしゃるのでございまする。さて、一同がお前に参りますると、奥方の仰るには、『殿は唯今、客人を連れ立って、下られようとする所ぢや。明日午前10時頃、高島の辺まで、男どもを迎えに遺はし、それに鞍置馬二疋牽かせて参れ。』と、こう仰るのでございます。」
「それは、また稀有な事でござるのう。」五位は利仁の顔と、従者の顔とを、仔細(しさい)らしく見比べながら、両方に満足を与えるやうな、相槌を打つた。
「それも唯、仰せられるのではございませぬ。さも、恐ろしそうに、わなわなとお震へになりましてな、『遅れまいぞ。遅れれば、おのれが、殿の御勘当をうけねばならぬ。』と、しっきりなしに、お泣きになるのでございまする。」
「して、それから、いかがした。」 「それから、多愛なく、お休みになりましてな。手前共の出て参りまする時にも、まだ、お目ざめにはならぬようで、ございました。」
「いかがですか。」従者の話を聞き終わると、利仁は五位を見て、得意らしく言った。「私には動物も扱えますぞ。」
「驚くよりほかはありません。」五位は、赤鼻を掻きながら、ちょいと、頭を下げて、それから、わざとらしく、呆れたやうに、口を開いて見せた。口髭には、今飲んだ酒が、滴になって、くっついている。
       ―――――――――――――――――
 その日の夜の事である。五位は、利仁の館の一間に、切燈台(きりとうだい)の灯を眺めるともなく、眺めながら、寝つかれない長い夜をまぢまぢして、明していた。すると、夕方、此処へ着くまでに、利仁や利仁の従者と、談笑しながら、越えて来た松山、小川、枯野、或は、草、木の葉、石、野火の煙のにほひ、――そういうものが、一つづつ、五位の心に、浮んで来た。とりわけ、雀色時の靄の中を、やつと、この館へ辿りついて、長櫃(ながびつ)に起してある、炭火の赤い焔を見た時の、ほっとした心もち、――それも、今こうして、寝ていると、遠い昔にあった事としか、思はれない。五位は綿の四五寸も入った、黄色い直垂(ひたたれ)の下に、楽々と、足をのばしながら、ぼんやり、われとわが寝姿を見廻した。
 直垂の下に利仁が貸してくれた、練色の衣の綿厚なのを、二枚まで重ねて、着こんでいる。それだけでも、どうかすると、汗が出かねない程、暖かい。そこへ、夕飯の時に一杯やった、酒の酔が手伝っている。枕元の戸一つ隔てた向うは、霜の冴えた広い庭だが、それも、かう陶然(とうぜん)としていれば、少しも苦にならない。万事が、京都の自分の部屋にいた時と比べれば、雲泥の差である。が、それにも係はらず、我五位の心には、何となく釣合のとれない不安があつた。第一、時間の経って行くのが、待ち遠しい。しかもそれと同時に、夜の明けるという事が、――芋粥を食う時になるという事が、そう早く、来てはならないような心もちがする。そして、この矛盾した二つの感情が重なり、急な環境の変化から来る落着かない気分が、今日の天気のように、うすら寒く控えている。それが、皆、邪魔になって、折角の暖かさも、容易に、眠りを誘いそうもない。
 すると、外の広庭で、誰か大きな声を出しているのが、耳に入った。その声の様子では、どうも、今日、途中まで迎へに出た、白髪の従者が何か号令をかけているらしい。その乾(から)びた声が、霜に響くせいか、凛々として木枯らしのように、一語づつ五位の骨に、応えるような気さえする。
「この辺の下人、承われ。殿の御意向では明朝、六時までに、直径9cm、長さ1.5mの山芋を各一本ずつ、持ってくる様にとある。忘れるな、六時までにじゃ。」
 それが、二三度、繰返されたかと思ふと、やがて、人の気配が止んで、あたりはたちまち元のように、静な冬の夜になった。その静な中に、切燈台の油が鳴る。赤い真綿のような火が、ゆらゆらする。五位は欠伸を一つ、噛みつぶして、又、とりとめのない、思量に耽り出した。――山芋というからには、もちろん芋粥にする気で、持って来させるのに相違ない。そう思うと、一時、外に注意を集中したおかげで忘れていた、さっきの不安が、いつの間にか、心に帰って来る。とりわけ、前よりも、一層強くなったのは、あまり早く芋粥にありつきたくないという心もちで、それが意地悪く、思量の中心を離れない。どうもこう容易に「芋粥に飽きる」事が、事実となって現れては、折角今まで、何年も辛抱して待っていたのが、如何にも、無駄な骨折のやうに、見えてしまう。出来る事なら、突然何か故障が起って一旦、芋粥が飲めなくなってから、又、その故障がなくなって、今度は、やっとこれにありつけるというような、そんな手続きに、万事を運ばせたい。――こんな考えが、「独楽」のように、ぐるぐる一つ所を廻っている中に、いつしか五位は、旅の疲れでぐっすり眠ってしまった。
 翌朝、目がさめると、すぐに昨夜の山芋の一件が、気になるので、五位は、何よりも先に部屋の戸を開けて見た。すると、知らないうちに、寝すごして、もう六時を過ぎていたのであろう。広い庭へ敷いた、四五枚の長筵(ながむしろ)の上には、丸太のような物が、およそ二、三千本、斜につき出した、檜皮葺の軒先へつかえる程、山のやうに、積んである。見るとそれが、全て、例の山芋であった。
 五位は、寝起きの目をこすりながら、殆ど狼狽に近い驚愕に襲われて、呆然と、周囲を見廻した。庭の所々には、新しく打つたらしい杭の上に五斛納釜(ごくのうがま)を五つ六つ、かけ連ねて、白い布の襖を着た若い下司女が、何十人となく、そのまわりに動いてゐる。火を焚きつけるもの、灰を掻くもの、或は、新しい白木の桶に、「あまづらみせん」を汲んで釜の中へ入れるもの、皆芋粥をつくる準備で、目のまはる程忙しい。釜の下から上る煙と、釜の中から湧く湯気とが、まだ消え残つてゐる明方の靄と一つになつて、広い庭に一面、はっきり物も見定められない程、灰色のものがこめた中で、赤いのは、烈々と燃え上る釜の下の焔ばかり、目に見るもの、耳に聞くものことごとく、戦場か火事場へでも行ったような騒ぎである。五位は、今更のように、この巨大な山芋が、この巨大な五斛納釜の中で、芋粥になる事を考えた。そして、自分が、その芋粥を食ふ為に京都から、わざわざ、越前の敦賀まで旅をして来た事を考えた。考えれば考える程、何一つ、食べたくならない理由がない。五位の同情すべき食欲は実はこの時もう半減してしまったのである。
 それから、一時間後、五位は利仁や舅の有仁と共に、朝食の膳の前に座った。前にあるのは、銀の鍋いっぱいにつがれた、恐るべき芋粥である。五位はさっき、あの軒まで積上げた山の芋を、何十人かの若い男が、薄刃を器用に動かしながら、片端から削るやうに、勢よく切るのを見た。それからそれを、あの下司女たちが、右往左往に馳せちがつて、一つのこらず、五斛納釜へすくっては入れ、すくっては入れるのを見た。最後に、その山の芋が、一つも長筵の上に見えなくなつた時に、芋のにほひと、甘葛のにほひとを含んだ、幾道かの湯気の柱が、蓬々然として、釜の中から、晴れた朝の空へ、舞上って行くのを見た。これを、目のあたりに見た彼が、今、鍋に入れた芋粥を前にした時、まだ、口をつけない内から、既に満腹を感じたのは、恐らく、無理もない次第であろう。――五位は、鍋を前にして、間の悪そうに、額の汗を拭いた。
「芋粥に飽かれた事がないですよね。どうぞ、遠慮なく召上って下さい。」
 舅の有仁は、童児たちに言いつけて、さらにいくつかの鍋を膳の上に並べさせた。中にはどれも芋粥が、溢れんばかりにはいっている。五位は目をつぶって、唯でさえ赤い鼻を、一層赤くしながら、鍋に半分ばかりの芋粥を大きな土器にすくって、いやいやながら飲み干した。
「父も、そう申しておる。遠慮は御無用じゃ。」
 利仁も側から、新な鍋をすすめて、意地悪く笑いながらこんな事を言う。弱ったのは五位である。遠慮のない所を言えば、始めから芋粥は一口も食べたくない。それを今、我慢して、やっと、鍋に半分だけ平げた。これ以上、飲めば、喉を通り過ぎないうちにもどしてしまう、そうかと言って、飲まなければ、利仁や有仁の厚意を無駄にしてしまう。そこで、彼はまた目をつぶって、残りの半分を三分の一程飲み干した。もう後は一口も食べようがない。
「何とも、かたじけない。もう十分頂戴しました。――いやはや、何ともかたじけない。」
 五位は、しどろもどろになつて、こう言った。余程弱ったと見えて、口髭にも、鼻の先にも、冬とは思えない程、汗が玉になって垂れている。
「これはまた、御少食じゃ。客人は遠慮をされると見えたぞ。それそれその方ども、何をしておる。」
 童児たちは、有仁の語につれて、新な提の中から、芋粥を、土器に汲まうとする。五位は、両手を蠅でも追うように動かして、平に辞退の意を示した。
「いや、もう、十分です。……失礼ながら、十分です。」
 もし、この時、利仁が、突然、向い側の軒先を指して、「あれを御覧なさい。」と言わなかったなら有仁はなお、五位に芋粥をすすめて止まなかったかも知れない。が、幸いにして利仁の声は一同の注意を、その軒の方へ持って行った。檜皮葺の軒には、丁度、朝日がさしている。そうして、そのまばゆい光に、光沢のいい毛皮を洗わせながら、一匹の動物が、おとなしく座っている。見るとそれは一昨日、利仁が枯野の路で手捕りにした、あの野狐であつた。
「狐も芋粥が欲しくて来たようだ。男ども、奴にも芋粥を食わせてやれ。」
 利仁の命令は直ちに実行された。軒からとび下りた狐は、直に広庭で芋粥の馳走にありつけたのである。
 五位は、芋粥を飲んでいる狐を眺めながら、ここへ来る前の彼自身を、なつかしく、心の中でふり返った。それは、多くの侍たちに愚弄されている彼である。子供にさえ「何じゃ。この鼻赤めが」と、罵られている彼である。みすぼらしい和服に飼主のない尨犬のように朱雀大路をうろついて歩く、憐むべき、孤独な彼である。しかし、同時に又、芋粥に飽きたいと言う欲望を、唯一人大事に守っていた、幸福な彼である。――彼はこれ以上芋粥を飲まずにすむと言う安心と共に満面の汗が次第に、鼻の先から乾いてゆくのを感じた。晴れてはいても、敦賀の朝は、身にしみるように、風が寒い。五位は慌てて、鼻を押さえると同時に銀の鍋に向って大きなくしゃみをした。